連載  絵画修復雑記② 修復家のよろこび

 修復家の作業はお医者さんと似た部分があります。診断しカルテを書き、納得してもらって仕事を開始します。秘密を守る必要のある時もあります。  

 或る日、妙な問合せの電話がかかって来た。その奥様の話は居間の壁の上部に掛けてある、ある有名な作家が描いた少女像についてであった。夕方になるとその絵に幽霊が見えるという話で、一度見てほしいという依頼であった。  

 その時刻に行ってみると、山の端に沈んだ太陽の残光が西の窓から射し込んで、ちょうど南側の壁に掛かっているその絵を斜めに淡くぼんやりと照らしていた。その瞬間確かに背後霊のような人の影が浮かび上がり、しばらくしてふっと消えた。よく調べてみると作者が一度描いた少女の位置を最終段階で少しずらして仕上げたものであった。

 通常修復の依頼を受けた時には、事前に色々の検査や調査を行うが、作品の記録写真を撮る場合、必ず斜めから鋭角に光を当てて画面の凹凸を際立たせた写真も撮る。その時、作品の下層に別の絵が描かれていた場合、その輪郭の凹凸も強調され下層の絵の存在が分かることが往々にしてある。今回の場合は偶然に斜光が強調されために起こった現象であった。

 修復の事前調査で赤外線撮影やX線撮影を行う事がある。研究者には重要な情報であるが、修復家にとっては話が別になる。修復家にとって重要な事は作者が表現した最終画面上の状態を知る事である。  

 作品の表面の調査でよく使われるのは紫外線撮影である。作品の表面にブラックライト(紫外線発光)を当てると蛍光反応を示す場所と、蛍光反応がなく黒く見える場所があることが判る。物質の劣化や埃汚れ等があるところは薄ぼんやりとした蛍光反応を示す。つまり最近画面上で新しく描いたところは蛍光反応を示さず黒く見えるのである。これにより作品表面の劣化の状態やワニスの有無とむら、過去の修復の痕跡等が判る。しかし画面全体が白っぽくてサインだけが黒く見えたからと言って偽物とは決めつけられない。同じ作者が後年にサインをした場合もやはり黒く見えるからである。  

 過去の修復をどう考えるかも重要な課題である。修復された箇所を一旦とってみたら別の物が描いてあった事も時々ある。システィーナ礼拝堂のミケランジェロのフレスコ画を修復しようという話が持ち上がった時、世界中が賛成、反対と騒ぎになっていた事を覚えているでしょうか。ミケランジェロはこのフレスコ画を描く時、何十年か何百年か後、ろうそくの煤煙で汚れた壁面が厳かな雰囲気を醸し出す事を予想して描いたのだろうか。

 このときもミケランジェロは何を描いたか、過去の修復をどう考えるかは大きな話題となりました。この事は我々も心して作業しなければならないところです。  

 日本人は古い物好きである。長い歴史の中で、仏教、中国の哲学、儒教、武士道、侘び寂びの世界と言ったような思想が混じり合い日本人独特の審美感もある。そのせいか絵画においても古びたものこそ価値があるとの思いを持っている人が多くいる。しかし絵画は作者の表現がどう人の心をとらえるかという事が大事で、汚れや黄変したニスに覆われた物のほうを価値が上というのは骨董の世界である。作者が描こうとしたものを出来る限り明らかにし、それを維持するのが修復家の役目と思っている。  

 事前調査で赤外線撮影やX線撮影を行う事を作者の立場にたって考えると、作品の下層は、失敗して塗りつぶしたものや、自分独自の手法でよりよい表現を見つけ描き直した部分等、見られたくない部分かも知れない。それが後年科学の進歩で白日の下に曝されるとは予想もしていない事であろう。  

 いろいろ迷った末に粋を込めて着飾った御夫人のスカートをめくって見て、下着の色がピンクだったとかウエストをずいぶん締めつけているとか言っているのと同じかもしれない。知らないふりをするのもまた修復家の紳士としてのマナーのひとつ。  

 古い絵を修復する場合、絵具の一部を取り出し、科学分析して当時と同じ顔料で描くのが正しいやり方と思っている人が多い。でもそれは全く意味のない事なのだ。特に油絵は顔料を亜麻仁油等で練って描くので、油が長い時間をかけて空気中の酸素と化合して固まるので、その間に色味も微妙に変化していく。現在見ている作品の画面は作者が描き終えた直後の画面とは化学的にも色味から言っても微妙に違うものを見ているのである。絵画作品の修復は現在見えている色彩に合わせて補彩をするしかないのである。  

 日本に帰って多くの日本人作家の作品を修復して来たが、その中には過去に修復されたものも含まれている。画面上の汚れを除去する作業を進めていると所々なかなか汚れが取れない箇所に出会す。つまり過去の修復の際、画面の汚れを取らないまま絵具の欠落部分を汚れた画面に合わせて油絵具で補彩しているので、画面をきれいにしても補彩された部分は汚れ色のまま残っているためである。しかも油絵具で補彩しているため、これを取り去るのは困難で危険な作業となる。そうした場合は持ち主と相談の上、いつでも取り替えの出来る修復用の絵具をその上に被せることになる。

 修復はその場しのぎのものであってはならない。後年再び修復する事を常に念頭に置いて、いつでも修復前の状態に戻せるような方法で行なわなければならない。  

 フィレンツェのウフィツィ美術館に行かれた方でお気づきの方がどのくらいいるだろうか。展示されている作品は多かれ少なかれどれも修復されているが、補彩された箇所がよく判るものがある。中でも1972年以降に修復された作品はよく見ると、離れて見ると気がつかないが近くに寄ってみると補彩された箇所が細い平行な線で描き込まれているのが判る。この描法をセレツィオーネと言っている。

 つまり美術館にある芸術作品を補彩する場合は、確実にオリジナル性を確保出来ない箇所は、修復家の知識と感性で解釈して描き加えることになる訳で、 その箇所が分かるように補彩する事が基本となっているからである。

 この手法は名画を修復する技法として世界的に定着しつつあるが、日本ではまだ取り入れられていないようだ。欠損箇所は判らないように補彩するというのが主流である。ところがイタリアの画廊で時折古い絵画にセレツィオーネで補彩した作品を目にする事がある、おそらくその作品が優れた芸術作品であると思わせるためにわざと行なった補彩の場合もあるであろう。それほどこの手法が一般化していることを物語っている一例である。  

 私の教室でもこの技法を教えていますが、生徒が旅行でフィレンツェに行くと言う時に、本場のセレツィオーネをよく見て来なさいとアドバイスする。帰って来て訊くと良く判らなかったという。それほど巧妙に補彩されているとも言える。 皆さんもイタリアの美術館に行かれた時にはぜひこの事を思い出して鑑賞して下さい。絵の見方が少し広がる事でしょう。しかしあまり近づき過ぎて警報ベルを鳴らさないように。  

 修復家の一番の喜びは作品の持ち主が修復を終えた作品を見て喜び感動する姿を見る瞬間である。

 よく人々からいままでにどんな名画を修復したかと訊かれるが、確かに名画を修復した事は名誉な事であり、出来れば有名な作品を手がけたいと思う時もある。

 しかし絵画は持ち主にとっては家族の一員と同じで、昔から居間に飾ってあった絵とか自分が気に入って買った絵は、市場価値とは関係なくその人にとっては世界にひとつしかない宝物である。そのような絵を修復する事は名画を修復するのとはまた違ったやりがいのある仕事である。  

 今はもう開発が進んで昔の面影のない場所が多くあるが、昔この場所で生まれ育った人がこの思い出の場所が描かれている絵を修復して持っておきたい、といったケースがよくある。黄変したワニスを取り除き、クリーニングをすると、絵は作者の描いた微妙な色の変化が見えて、奥行きがはっきりし、見違えるようになる。持ち主から「どのようになるか心配でしたけど修復して本当に良かった」と言ってもらう時、この仕事をしていてよかったと思う。  

 或る日、ひとりの女性が父の形見の絵を壊したので直してほしいといって訪れた。風呂敷から出されたその絵はフレスコ技法で描かれた静物画であったが、床に落としたそうでかなりバラバラになり傷ついていた。この作品は修復する以前の問題としてジグソーパズルと取り組まなければならなかった。それから大小の破片をパラロイドで組み合わせ、顔料をカゼインに溶いて補彩した。  

 修復が完了し、再びその女性が訪れ、元通りになった作品を見てうれしさのあまり泣き出した。おそらく全く元通りになるとは予想していなかったのであろう。私も思わず涙してしまった。それは父と娘の愛情の強いつながりを感じた同時に、こんなにも喜んでいただけたという感動の涙であった。 修復のやりがいというのはこういう事なのだと改めて思いを強くしたのであった。


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