連載  絵画修復雑記④ 修復家のジレンマ

 

 日本で、ヨーロッパの古典絵画を修復する機会は少ない。まして私が主宰している修復教室で、そのような教材を手に入れて使用することはほとんどできない。そのため私の教室では毎年フィレンツェの工房で研修を行っている。私がもと居た工房や修復研究所の教授の工房にお願いして、古典絵画の修復実習を二週間、五名から八名の範囲で受け入れてもらっている。

 まだフィレンツェで親方の元で修行していた頃、自分で傷んだ古典絵画を手頃な値段で手に入れたいと思い、親方に相談したところ、「ここは私が相談に乗っている会社だから」と一緒にオークションの下見に行ってくれた。幾つかの候補の中で「これはどうですか」と聞くと「それは良くない。口では説明できないけれど良くない」という答えが返ってきた。長年の経験から、説明できないが判るそうだ。古い絵の購入に際し修復工房に相談する人も大勢いるらしい。

 親方は「修復されていることはその絵が大事に管理されていた証拠であり、買い手に安心感を与え、購入後の手間も省くことができる。修復された絵はその分だけ価値が上がるのだから」と話してくれた。絵画の保存には修復が大切であることが社会一般に認められていることであり、修復家にとっては喜ばしいことであり、うらやましいことでもある。

 私の工房が手に入れた古いヨーロッパの絵の中に、裏打ちが二重になっていたものが何点かあった。古くなった裏打ちのカンヴァスを取り替えるために、これを慎重に剥ぎ取っていくと、さらにその下に、それ以前に裏打ちされた古いカンヴァスが現れることがある。それはかなり劣化しており、オリジナルのカンヴァスと同化したような状態で存在している。もはやこれをさらに剥ぎ取ることは不可能であり、そのまま一体化したものとして、新しい裏打ちを行うことになった。

 ヨーロッパの修復の歴史は長い。カンヴァスの裏打ちがすでに数百年も前から行われていたことを物語っている。

 一口に絵画の修復といっても、数百年を経ている絵画と、数十年で傷んだ絵画とでは処理のやり方がかなり違ってくる。例えば描かれて百年以上たった絵画のカンヴァスは劣化が著しく弾力性を失っていることがあり、裏打ちが必須となる。裏打ちには新しいカンヴァスを使用するが、新しいものは環境に敏感に反応して動く。つまり雨の日は縮まり、晴れた日は伸びる。同じ天気でも昼は伸びて夜は縮む。新しければ新しいほど、この動きは活発である。特に湿気の多い日本では影響が大きい。日本人が描いた油彩画はカンヴァスが若いため環境に応じて動いている。これが絵画層のひび割れの原因の一つにもなっている。

 古いカンヴァスに新しいカンヴァスで裏打ちするのは、老人と若者が二人三脚するようなもので、そのままでは老人はたちまちダウンしてしまう。そのため裏打ちをする前に新しいほうを物理的にいじめてくたびれさせることが必要である。若者に運動場を全速力で何周も走らせ、くたびれ果てたところで老人と二人三脚させるとちょうど良いペースで走ることができるのである。したがって新しいカンヴァスを用いての絵画の修復は、作業環境に神経を使う。カンヴァスを木枠から外すとすかさず作業用の木枠に張り、作業中に動かないようにしておかなくてはならない。

 裏打ち用のカンヴァスを選択する場合、できるだけオリジナルに近いものを選ぶように心がけている。そのために繊維の太さや織りの密度が一センチ四方の中に縦横それぞれ何本あるかを事前に正確に測っておかなければならない。糸目の方向も縦横が正確に平行になるように気をくばらなければならない。時にはオリジナルのカンヴァスが初めから曲がって切り取られてそのまま木枠に張られているものがあって、若者はしぶしぶ老人に従わなければならないこともある。

 日本では画材店の店頭に置かれているカンヴァスのほとんどが非水溶性の白色の下地が既に施されたもので、裏打ちに使用するような生カンヴァスの種類は少ない。

 私の工房では生産者から直接取り寄せたり、外国から購入したりして何種類もの生カンヴァスを常時用意しておき、オリジナルのどんな種類のものにも対処できるようにしている。需要が少ないせいか市販の既製品より値段が高いのが我々にとっては困ったことである。

 フィレンツェはさすがに修復の中心地であって、いろんな種類のカンヴァスが手にはいる。値段も安く毎年行く度に買い集めることにしている。

 

 今回は板絵の修復について書いてみたい。

 板絵はカンヴァスに描かれた絵と比べ、保存修復に関してはまったく違ったやり方となる。もちろんそれは板とカンヴァスの違いによるもので、例えば、板のひび割れ箇所は裏から割れ目に沿って溝を掘り、断面が三角形の細長い小さな木片を幾つも連ねて埋めて接着する。欠けた部分には木材を付け足すが、一塊の木材をはめることはしない。この場合も小さな木片の集合体で埋めていく。つまりカンヴァスの裏打ちと同様に、新しい木材は元の板と比べて強く、強度に差があるので、力を分散させなければならず、面倒ではあるがこのような方法で継ぎ足す。

 さらに木材の場合は木が伸びる方向、つまり繊維の方向の力が強く動きも違うため、木片を接着する場合、繊維の方向に沿った側面だけを接着する。板をつなぎ合わせた部分をさらに固定する場合、鳥の尾の形をしたホゾを掘ってつなぐが、昔はこの小さな木片を繊維の方向に作り埋め込んだ。小さくとも板の繊維の方向に直角に埋め込むと、強度と動きにアンバランスが生じ、つないだ木片の周辺から亀裂が発生する。この弊害をなくすため、その後は木片の繊維の方向を板の繊維の方向と平行にしている。さらに木片とホゾの間に少し隙間ができるようにはめ込んで動きにゆとりを持たせる。最近ではその木片を板の継ぎ目に沿ってわざと切り離して再び接着したものを使用する。つまり力のアンバランスが生じた場合、オリジナルの板が損傷する前につないだ木片がまず壊れるように考えられている。

 板絵には使われている木材の種類によって地方的特性がある。昔は今と違って運送手段が乏しく、木材を遠くまで運ぶことは困難であったため、板絵に使う木材は、必然的に画家の住んでいる地方に育った木になる。

 イタリアではポプラの木が使われ、北ヨーロッパでは主に樫の木が使われている。板の厚さはポプラで四〜六センチ、樫は堅いので〇・五〜三センチ位である。例えばデューラーがヴェネチアで描いた板絵はポプラであり、オランダで描いたものは樫の木である。レオナルド・ダ・ヴィンチもイタリアではポプラを使い、晩年フランスに移ってからは樫の木を使っている。

 オランダは樫のみで、スペインは松とポプラが半々である。板の種類を見ればどの地方で活躍した作者かを推定することができる。

 板絵の場合、カンヴァスのような裏打ちはできない。裏打ちができない代わりに、補強のための桟を取り付ける。その場合でも昔は板の裏に溝を掘って板と桟が動かないようにがっちりと留めていたが、最近ではわざと桟がスライドして動くように留めている。さらに貴重な作品には桟をバネ仕掛けで押さえて環境による動きに自動的に対応するようにして、オリジナルの作品に少しでも負荷を与えないように考えられている。

 板絵にとって天敵は木食い虫である。一つでも虫食いの穴があると虫害を疑わなければならない。複数の穴があると板の中が空洞になっている心配がある。この穴を埋めるにはパラロイドをアセトンで溶かした溶液を注射器で注入する。

 額縁等で穴のあいたものを見かけることがあるが、実際に虫が食ったものより、古めかすために人工的に虫穴状にあけたものも時にはある。

 板が劣化して支持体の役目を果たせなくなった場合は、板の部分を削り取り、下地と絵具層の部分をカンヴァスに移すことになる。画面を厳重に保護して、画面の凹凸がぴったりはまる台を作り、その上に画面を下にして置き、板を裏側から震動を与えないように、腕の力だけで丸鑿を使って慎重に削っていくのである。私の教室でも板絵の適当な教材が手に入った時には実際に教えることがあるが、神経を使い延々と続く最初の単純作業に生徒は苦しむことになる。私もイタリアで板を削っていて腱鞘炎になり、半年ばかりつらい思いをしたことがある。

 板絵として現存する最も古いものとしては七世紀頃に描かれたビザンチン芸術のイコンがある。

 

 一方フレスコ画は、古代から描かれていた壁画が各時代を経て変遷し、十三世紀後半に現在のような技法が確立された。それまではフレスコ画という用語は存在しなかった。一四〇〇年頃にイタリアのチェンニーノ・チェンニーニという画家が書いた手記の中ではじめてフレスコという言葉がでてくる。私も後学ために、彼が描いたといわれている田舎の教会の中にある壁画を見に行ったことがある。

 フレスコ画は壁の漆喰が生乾きの状態の時に顔料を水で溶いて描いたものである。当時の偉大なる画家ジョットが考え出した技法で、その日一日で描ける分の漆喰の量を決め(ジョルナータという)、塗って描き、また次の日、続きの一日分の漆喰を塗り、描く、これをくりかえしていく方法である。この技法が現在まで続いている。

 では水が蒸発しても顔料がそのまま壁面に止まっているのはなぜだろうか。これは化学的に見ると非常に面白い現象である。まず石灰を水と砂で溶き漆喰を作る。つまり石灰の組成である炭酸カルシウムに水が加わると水酸化カルシウムに変化する。その後水酸化カルシウムは空気中の炭酸ガスと化合して壁面に炭酸カルシウムの薄い透明な層を形成する。顔料はこの層の中に閉じ込められているのである。画期的な描法といえるが、先人達は化学的な現象をまったく理解しないまま経験的に行っていたのである。

 

 フレスコ画の壁面はろうそくの煤煙や埃が堆積して汚れるほか、最近では化学的な現象によっても壁面を覆い隠すものが形成されている。自動車の排気ガスや工場の排煙の中には硫化物が含まれていて、これらが空気中に亜硫酸を生み出し、この硫酸成分が壁面の炭酸カルシウムと化合して硫酸カルシウムの膜を形成する。つまり絵画の地塗りにつかわれるジェッソと同じ組成の物質に覆われることになる。これは煤煙や埃のように洗っただけでは落ちない。取り去るには化学的な洗浄方法を用いることになり、知識がないとやっていけない。親代々の修復家も手の技の訓練とともに、新しい化学の勉強をしている。

 フレスコ画の修復現場はきびしい労働環境の中で行われる。通常の壁面は教会等広い空間の中にある。そこに鉄パイプで足場を組んで作業する。危険を伴う上に、外気と同じ条件なので夏は暑く、特に冬は寒さが身にしみる。女性には向かない作業現場に見える。ところがイタリア研修に行く度に友人の修復家の現場を見学するが、女性が多いのに驚く。

 イタリアも不景気で、修復の必要な絵がまだまだ多くあるのに修復資金が無い。フィレンツェの教会でもフレスコ画の修復を支援してくれるスポンサーを捜している。

 

 私は自分の主宰する教室以外でも、依頼された講演や講座を通じてできるだけ絵画をはじめ美術品の保存と修復の大切さをお話している。

 修復の実際の作業は多種多様で、これを一括りにして話すと偏ったイメージを与えてしまうので注意しなければならない。同じ作家の作品でも時代によって作風や技法が微妙に変化していたり、あるいはがらりと変わっていたりする。意図的に塗り残したり、絵具を部分的に欠き取ったりした作品等は損傷なのか表現なのかをよく見極めなければならない。

 作品が置かれた環境によっても劣化の度合いや損傷の違いがある。家屋が木造かコンクリートかによっても違うし、同じ家屋の中でも作品が掛けられている部屋が居間や玄関あるいは台所の近くなのかによって傷み方が違ってくる。東日本と西日本のように地域や場所によっても傷み方は違ってくる。また過去に修復されている作品は、修復方法や使われた材料によってその後の処理が限定されることもあり、一点一点が独立した別の作品として取り組まねばならない。そこが難しいところでもあり、また毎回が新しい出会いで楽しいところでもある。

 修復する作品は個人の持ち物も多く、有名な作家のものや非常に高価なもの、中には世間に知られたくないものなど個人情報の範疇に入るものが多く含まれている。修復家の立場から見て、難しい事例や珍しい事例を公表して今後の修復に携わっていく人たちの糧にしたくても、それができないもどかしさがある。修復の世界は閉鎖的と言われるのも仕方のないことかもしれない。自分の経験は自分だけにしか蓄積できないことが多いのだ。

 それでも私は十二年間、絵画修復に情熱を燃やす若者をはじめ、既に持っている技術の幅を広げたい人、定年後の生き甲斐を求めている人たち等、老若男女を問わず教室に受け入れてきた。

 さらに今後も美術品の保存修復活動を広く行なうために、横浜市の承認を得て「特定非営利活動法人美術修復センター横浜」を設立した。

 今後は皆様のご協力とご支援のもとに、美術品の修復が必要なのだと感じた原点に帰って活動していきたいと思っている。


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